ボクシング

八重樫の笑い ロマゴンの涙 ~ボクシングの名シーンを振り返る~

ボクシングを観るのが好きである。

いまでも印象に残っているのは、八重樫がローマン・ゴンザレスに

挑んだときの試合である。

ローマン・ゴンザレスは当時、軽量級最強と言われ、

パウンド・フォー・パウンドで1位を誇っていた。

あまりの強さに挑戦者が現れず、対戦相手を探すのも一苦労の状態だった。

いまは、井上尚弥が大きな活躍を見せて存在感を放っているけれど、

少し前まではロマゴンの時代というのが間違いなくあった。

そこに手をあげたのが八重樫だった。

 

八重樫はロマゴンとの戦いに名乗りを上げたときに、こんな風に語っている。

 

「こういうのは、誰もやりたがらないときに手を挙げるのが一番オイシイんですよ。

ロマゴンが誰かに負けた後では意味がないし、衰えてきた頃に名乗り出るのも

カッコ悪い。ロマゴンが完璧なボクサーであるうちにやるからいいんです」

 

※出典 エキサイトニュース

 

試合は14年9月5日に行われた。

序盤は足を使った戦いを、そのあとは正面からの打ち合いに臨んだ。

圧力をかけるロマゴンに対して、一歩も引かない八重樫。

ただロマゴンのパンチは、確実に八重樫の顔面を捉えていく。

回が進むにつれて、実力差は徐々に鮮明になっていく。

八重樫はもはや、一発を狙うしか方法はなかった。

しかしロマゴンの緻密なボクシングは、それを許さない。

ほとんど一方的な展開となり、いつ終わってもおかしくはなかった。

 

ロマゴンが放った左フックにより、八重樫はたまらずダウン。

レフェリーが止めて、試合が終わった。

9回2分24秒TKOにより、ロマゴンの勝利。

いつ終わってもおかしくない状況の中で、

八重樫は1発逆転を狙って、9回まで粘った。

その戦いぶりは、とても素晴らしいものだった。

 

最後に倒されて、レフェリーからストップを告げられたあと、

八重樫は笑っていた。

「やっぱりそうだよな~」わたしにはそんな風にも感じられた。

試合が終わって沸き起こったのは、アキラコールだった。

敗者の戦いぶりに、観客はその勇気と希望を讃えた。

 

一方のロマゴンは、涙を流してその勝利を喜んだ。

キャリアを通じて負けたことがないロマゴンが、

どんなに殴っても、立ち向かってくる八重樫の執念に、

ロマゴンの心は折れかけていたのかもしれない。

 

勝ったものが涙を流し、負けたものが笑う。

こんな試合は後にも先にも見たことがない。

 

普通に考えると、これは逆になるはずなのだ。

負けたにも関わらず、八重樫は観客の要請を受けて、

リング上でインタビューに応えた。

 

八重樫はローマン・ゴンザレスに果敢に挑み、華々しく散った。

結果は負けたものの、多くの人たちにその勇姿を刻んだ。

 

この試合を思い出す度に、わたしは涙であふれてくる。

ボクシングの試合は、これまでにたくさん見てきたけれど、

これほどまでに人の心を強く揺さぶる試合は、あまりない。

 

最強の相手と対戦するのは、さぞかし恐怖だったに違いない。

強すぎるあまり、多くの選手が対戦を避ける中で、

八重樫は自ら名乗りをあげて、果敢に戦いに挑んだ。

八重樫はこの試合によって、多くの称賛を浴びた。

 

だがこの試合で恐怖を感じていたのは、むしろロマゴンの方かもしれない。

パウンド・フォー・パウンド1位という栄誉を預かっていて、

自分のクビを狙って、世界中から視線が向けられている。

実力差は明らかでも、八重樫のような執念を見せられると、

それをはねのけるのは、容易なことではない。

怪物と恐れられた者も、元を正せば生身の人間なのだ。

計り知れないプレッシャーは、わたしたち凡人には想像もつかないものである。

 

ロマゴンはその後も順調に勝ち進んでいったが、

17年にタイのシーサケットに敗れてしまう。

井上尚弥との対戦が期待されていたが、それがかなうことはなかった。

最強と言われた者も、いつかは負ける・・・。

そして、また新たなスターが生まれていくのだ。

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