フリーランス

【フリーランス】生産性を文字数で計ることについて思うこと

フリーランスをしていて感じるのは、

多くの人が仕事の生産性を文字数で表わすことである。

ツイッターやSNSなどでは、頻繁に文字数が飛び交っている。

今日は1万字書いたとか、4000字しか書けなかったとか。

仕事量を言い表すのに、文字数は非常に便利だと思う。

 

わたし自身、いまはたくさん書くことを目標にしている。

仕事をやっていく以上は、書いてナンボだと思っているので、

文字数でやり取りしている人たちの話を聞いて

刺激をもらったりして、悪いとは思っていない。

話を聞いている限り、みんな非常にマッチョで、

とてもよく仕事をしている。実際よりも文字数で言い表した方が、

仕事をしているように見えるのは、

きっとわたしだけではないはずである。自慢したいとか褒めて欲しい、

文字数の裏にはそんな欲求も透けて見えたりもする。

 

一方で、文字数で議論することの不毛さも感じている。

大事なのは文字数よりも中身であり、質を伴っていなければ、

どんなにたくさん書いたところで、意味がないと思ったりする。

全然本を読んでいない人が生み出す10000文字と、

百戦錬磨の作家が生み出す10000文字は、果たして同じだろうか?

ライターの質は千差万別であり、記事の内容によって

文字数が意味するところはまったく違う。

ナンパについて書くのと、映画の見どころについて書くのと、

スポーツ選手の紹介記事を書くのは、それぞれ難易度が異なってくるのだ。

また、ライターにはさまざまな人がいる。

大学生や社会人、子育て中のママさん、定年退職をした人、

いろんな立場の人がいて、それぞれに違った文体を持っている。

優れたライターという定義は、なかなか難しいと思うのだ。

 

文字数を盛り込むのは、仕事量を相手に伝える手法としては、

非常に便利である。

仕事をしたか否かを計る客観的な尺度として、とても使いやすい。

しかしそれがすべてではない。

大事なのは、文字数ではなくて中身だと思うのだ。

 

わたし自身のことを考えても、20分くらいでサクッと1000文字

書くこともあれば、細かい部分まで細心の注意を払って書くこともある。

1万字チャレンジと言って、1日で1万字書くことに取り組んだこともあれば、

自分の内面を徹底的に掘り下げていく、哲学的な文章を書いたこともある。

文章の内容によって、サクサクと簡単に書き進められるものと、

どうしたものかと頭を抱えながら、亀の歩みで進んでいくものと、

さまざまあって、その難易度はそれぞれ違う。

文字数で計るのは尺度の1つとして便利だけど、それがすべてではない。

いちばん大事なのは内容であり、結果である。

 

文字数だけがすべてではない。

文字数にとらわれている人にあえて辛辣な言い方をすれば、

文字数のやり取りで終止するのは、スポーツに例えて言うと、

たくさん練習しました、という結果報告に過ぎない。

本来は試合で結果を出すために、たくさん練習をするのだけど、

文字数の報告は練習量の報告であって、内容や結果が問われることはない。

しかし本来の目的は練習量ではなく、内容や結果を出すことが1番大事なのだ。

このあたりをきちんと理解していないと意味がない。

 

ただ闇雲に練習をすればいいのではない。試合を見据えて

実践的にやらなければ、いつまでも稼ぐことができないし、

いつまでも終わりのないマラソンを走り続けることになる。

これは、自身への戒めの意味もある。

 

計画を立てるときに、文字数を目標にするのは便利である。

しかし文字数だけがすべてではない。

ライターとしてきちんと役割を果たしているのか、

自分の納得のいく文章ができているのか。

周りの人の言葉にとらわれず、自身の尺度でしっかりと

取り組んでいくことが大事だと思うのだ。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です