向き合い方

【重要】「相手が何を語っているか」ではなく「何が語られないか」を考える!

ツイッターを始めました。

いままでツイッターをまったくやってこなかったので、

いろんな人のつぶやきを見ながら日々楽しんでいる。

SNSはあったらあったで便利だけど、無ければ無いで別に困ることもない。

やり出したらキリがないし、いちいちリアクションするのも

面倒なので、ずっとやってこなかった。

このツイッターがいつまで続くかは分からないけれど、

取りあえず少しだけやってみようと思い、始めることにした。

 

ツイッターを始めておきながら、こんなことを言うのもなんだけど、

今回はあえて、ツイッターについて苦言を呈してみたいと思う。

 

ツイッターは素晴らしいツールである。

相手のことを知ったり、コミュニケーションを円滑にするという

意味において、ものすごく便利なものである。

 

わたしは相手のことを知るときにいつも心に留めていることがある。

「相手が何を語っているか」ではなく、

「何が語られないか」を考えることが重要だと思っている。

 

自分が好きなことは誰だって饒舌に話をする。

それを聞く人は「相手の話している内容」に耳を傾ける。

もちろんそれは相手のことを知る上において、非常に大事である。

 

でも内容に注目をするよりも、「何が語られないか、それはなぜなのか?」

を考えた方が、相手のことをより深く知るきっかけになると思っている。

 

仕事や趣味のことは、やたら饒舌に話をするのに、

家族や恋愛の話になると、途端に口が重くなったりする。

それはなぜなのだろうか?過去にイヤなことがあった?

隠したい過去がある?そもそも話すのが苦手?

みたいなことを考えた方が、より相手の本質に近づくと思っている。

 

「相手が何を語っているか」という内容に着目するよりも、

「相手が何を語らないか」に、見い出すべきものがあると思うのだ。

 

その観点でいくと、ツイッターという空間は、

「語りたいことだけを語る場」となる。

ツイッターでつぶやくことにより、コミュニケーションが円滑となり、

相手のことを知る一助になると思う。

それがツイッターの役割であり、誰もが気軽にできるところが、

ツイッターのいいところなのだ。

 

しかし、ツイッターで「語っている内容を享受するだけ」で

終わってしまったら、そこから先の進展を見込むことはできないと思う。

それは相手のことを知る一助にはなるけれど、相手のことを「深く」

知ることにはつながっていかないような気がしている。

 

ツイッターのやり取りはとても楽しい。

それはコミュニケーションを円滑にするものとして、

非常に便利なものである。

でも、ツイッターのやり取りだけに終止していると、

「何が語られないか?」というところに考えが及ばないように思う。

もしツイッターのやり取りだけで、何もかも知ったつもりに

なってしまうのであれば・・・、それは非常に危険なことだと思うのだ。

要は、ほどほどにしておくべき、ということである。

これは、今後自分が運用していく上での、自身への戒めでもある。

 

でもそんな小難しいことなんて、どうでもいいような気がする。

ツイッターなんて、楽しくやるのが一番である。

でもツイッターによって、苦しい思いをしたり、

なにかモヤモヤした感情を抱いている人がいるとすれば、

こうやって疑問を呈してみるのも悪くはないと思う。

 

いろんな面を考慮に入れて、やりたい人はやる、

やらない人はやらない、という風に決めればいい。

ツイッターなんてその気になれば、すぐにでも辞められる。

ツイッターとの付き合いは、そうやって決めていけばいいと思うのだ。

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