雑記

令和おじさんとあだ名について

菅官房長官が令和おじさんとして広く親しまれている。

ニックネームやあだ名は使ってみるといろいろと面白い。

子どものときは、いろんなあだ名を付けられたけれど、

大人になるといつの間にかあだ名で呼ぶことがなくなってしまう。

とても残念である。

 

わたしも、小さいころから高校生くらいまでは、

いろいろなあだ名で呼ばれていた。

あだ名はセンスが問われるので、付けるのはなかなか難しいし勇気がいる。

そう考えると、子どものあだ名を付けるセンスって、なかなかすごいと思う。

 

逆にもっともつまらないのは、役職で呼ぶことである。

大人になると、ほとんどがこれである。

社長とか部長、課長など、会社にいると、役職がついて回って、

そこから離れることができない。

わたしも係長だった時期があり、周りから役職で呼ばれていた。

役職で呼ばれるのは、正直味気ない。

偉ぶりたいこともないし、肩書なんてむしろどうでもいいと思っていたので、

むしろ普通に、〇〇さんのように呼ばれた方がありがたいと思っていた。

会社は組織で回っているのだから、役職で呼ぶことは便利ではある。

でも、人それぞれ違うのだから、その人にあった呼び方をした方が

面白いと思う。

 

フリーランスの人たちと接していると、年齢や立場は関係なく、

分け隔てなく接することができるので、非常にラクである。

そもそも上下関係がないし、互いに協力し合って取り組む風土があって、

非常に楽しい。わたしは歳下の人からたくさんのことを学んだ。

パソコンの知識については、わたしは圧倒的に劣っているので、

できる人たちから学んだ方が良い。

年齢とか社歴というもので判断せずに、スキルや能力を見て

取り組んだほうがいいものは絶対にあると思う。

もしこの人たちと、会社の中で出会っていたら、

いまのような関係性を結ぶことは難しいように思う。

 

むかし、有吉さんがあだ名を付ける、という芸をよくやっていたけれど、

考えてみれば、あれは非常に難しい芸だと思う。

みんながうすうす思っているけれど、なかなか言葉にすることが

できないのを形にする、というのはとても難しい。

有吉さんの場合は、強烈な毒があるけれど、ユーモアもある。

ほかの人がやれば、単なる悪口になってしまうかもしれない。

ギリギリのところで成り立っているから、シンプルにすごいと思う。

 

いっそのこと、会社ではあだ名を付け合って、

それしか呼んではいけない、みたいにしてみたらどうだろうか?

面倒になってきっとすぐに戻ってしまうだろうけど、

そういったことを楽しんでやれるかどうかって重要だと思う。

大人になると、無駄なことはしなくなってくる。

でも変化がなければ、人はずっとその場に留まってしまう。

現状維持では成長することもない。

あだ名をつけるくらいのシンプルなことは、楽しんでやったほうがいい、

そんな気がするのだ。

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