フリーランス

決断するのに遅すぎることはない ~フリーランスの抱負について~

仕事を辞めてフリーランスになった。

会社員としてやれるだけのことはやったと思う。

仕事が嫌でたまらなかったとか、人間関係が耐えきれなかったとか、

そういうことはまったくない。

上司や周りの人たちにはとても親切にしてもらった。

でも心の中では、本当にこのままでいいのだろうか?

そんな思いがずっとあった。

この先5年後も10年後も変わらず同じような仕事をしているのではないか?

そんなことを考えたときに、何かを変えなければならない、そう思った。

 

33歳というタイミングで仕事を辞めた。

仕事を辞めるときに、いろんなことを言われた。

もったいないとか、考えが甘すぎるとか・・・、至極まっとうな意見だと思う。

多分、自分のことを思って親切心で言ってくれていたのだと思う。

それでも仕事を辞めた。

 

もう随分と前から言われていることだが、

いまは新卒で入った会社員が3年で3割が辞める、と言われている。

小売業では5年で5割、といったことも言われる。

この数字は自分の感覚としては非常に正しい。

自分の同期も、だいたい同じくらい辞めた。

 

10年近く経って辞める人はあまりいないかもしれない。

役職があって部下もいるし、責任のある立場でもある。

客からクレームがきたときに、責任者として対応するポジションだった。

自分で言うのもおこがましいけど、割と会社には貢献していたと思う。

 

人生には必ず節目がある。人によってそれは異なるかもしれないけど、

自分にとっては32歳というのが1つの節目だった。

仕事を辞めるときに、尊敬する2人のことが頭にあった。

 

西岡利晃さんは、関西が生んだボクシングのスターである。

若くから天才と言われながら、世界戦で幾度となく壁に阻まれ、

あと一歩のところで、いつも届かなかった。

「西岡はもう終わりだ」周りは誰もがそう思っていた。

 

しかし彼はあきらめなった。

苦節を味わい、過去の人と揶揄され、それでも前を向いて進んでいく。

5度の挑戦で世界チャンピオンになったのは32歳のときだった。

かつて天才と言われた人間が、挫折を味わい、復活するまでの過程に

自分はものすごく共感をしている。

 

作家の中谷彰宏さんが、博報堂を辞めて独立したのも32歳のときだった。

いまでは自己啓発本を何百冊と出している。最近はめっきり読まなくなったが、

学生時代に悩んだときに、いろいろとお世話になった。

中谷さんについてもいろいろとお世話になったことがあるが、ここでは書かない。

 

自分の中で32歳というのは、1つの節目だった。

仕事を始めてちょうど10年ということもあった。

結果的には1年遅れて、33歳で仕事を辞めることになった。

 

いまはクラウドソーシングを使ってライティングに取り組んでいるが、

当然すぐに結果が出るはずもない。1文字たった数円で文章を書き、

果たしてこれが誰かの役になっているのか?という疑問もある。

いまの段階で言えば、会社で働いていたほうがよほどラクである。

それでも自分で決めて仕事を辞めた。

 

フリーランスには夢もあれば、絶望もある。

社会に順応できなくて、仕方なく流れ着いたような人もいるし

自分の力で成功を収めて、楽しそうに暮らしている人もいる。

自分のことはすべて自分でできる、いろんな意味で自由なのだ。

 

いろいろとつらいことはあるだろうけど、未来を悲観せずに

一歩ずつ前を向いて歩いていきたい。

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