競馬

競馬が面白い件

今日は競馬について語ろうと思う。

競馬についてはそこそこ知識がある。ものすごいファンということではない。

気がついたときに、たまに見る程度である。

 

むかし「ダービースタリオン」という競馬のゲームがあった。

プレステ版のものを死ぬほどやった。自分の競馬の基礎知識は、

すべて「ダビスタ」によって培われたと言っていい。

 

競馬のルールや、競馬場について、年間を通じてどんなレースがあるのか、

いろいろと知ることになった。

 

自分が物心ついたときに、一番強かった馬はナリタブライアンだった。

テレビから流れる映像は、圧巻の一言だった。

ナリタブライアンは「シャドーロールの怪物」と恐れられ、ライバルたちを次々と

蹴散らしていった。ナリタブライアンは94年に3冠を達成した。

皐月賞は3馬身、日本ダービーで5馬身、菊花賞で7馬身、もはや他に敵などいない、

圧倒的な強さだった。

 

当時の脇役は、なかなか個性あふれる馬が多かった。

玉砕覚悟で大逃げを打ち、あるときは圧勝するかと思えば、あるときは大惨敗を喫す、

ツインターボが好きだった。

ツインターボは、94年の有馬記念で20馬身以上も離す大逃げを打って出た。

圧倒的一番人気のナリタブライアンがどう出るのか、レース中盤までは

ツインターボの一人旅だった。この差は本当に埋めることができるのか?

見ていて少しだけハラハラした。

しかし、第3コーナーを回って集団が徐々にペースを上げていくうちに、

みるみるうちに差が縮まってくる。

 

そして、最終コーナーの目前、ついにツインターボは捕まってしまう。

最終の直線では、勝ち負けに絡むことはなく、どこにいるかすら分からない。

そんなバクチを打つ、ツインターボが好きだった。

 

スターマンもまた好き馬だった。

菊花賞の前哨戦、京都新聞杯圧倒的一番人気のナリタブライアンを破り、

一躍注目を浴びたが、菊花賞できっちりと借りを返された。

 

サンデーサイレンスが隆盛を極める前、90年代の競馬は、

いろいろと個性あふれる馬が多かったような気がする。

 

父内国産、という表記もあった。

外国産馬はクラシックや天皇賞に出られない、といったルールもあった。

まだ、国産馬に対する、純血主義みたいなものが残っていた時代なのかもしれない。

 

90年代後半、グラスワンダーは外国産馬であるためにダービーに出ることができず、

NHKマイルカップに進み、毎日王冠でサイレンススズカを打ちに出た。

当時最強だったサイレンススズカに土をつけることができれば、

自分が最強である証明となる。

 

だが、サイレンススズカは並の強さではなかった。

エルコンドルパサーと3強対決と言われた98年の毎日王冠は、

史上最高のGⅡとして、現在まで語り継がれている。

 

ほかにもナリタブライアンを叩きのめすために阪神大賞典に出てくる

マヤノトップガンとか、ナリタブライアンの同期であとから実績を上げてくる

サクラローレルとか、いろいろと強い馬が出てくる。

 

競馬を語りだすと、面白くてなかなか止まらなくなる。

もっと詳しく話をしたいところだけど、この先はまた次にしたい。