ボクシング

【実感】長谷川穂積vs ウィラポン 時代が変わる瞬間を目撃した!

いつまでも忘れることのできない試合、思い出しただけで興奮してしまう素晴らしい試合、といったものがある。随分昔の話になるけれど、ひとたび思い出すだけであのときと同じ気持ちにタイムスリップすることができる。いつまでも胸の内に巣食ったまま、離れようとしない。人には1つや2つ、そういった経験があるように思う。

わたしにとって、あるボクシングの試合がその1つである。リアルタイムで目撃したわけではない。わたしが気づいたときは、彼はすでに絶対王者であり、向かうところ敵なし、といった状態にあった。ユーチューブで過去の試合映像を見て、改めて感慨にふけった、ということに過ぎない。映像からは当時の様子が鮮明に映し出されている。時代が変わる瞬間、それは1人の若者が夢を手繰り寄せたときだった。彼は世界戦の舞台で、最高のパフォーマンスを魅せた。わたしはそこに、勇気や希望を感じるのだ。

05年4月16日。場所は日本武道館。ある1人の日本人が、初めての世界戦に臨んでいた。WBC世界バンタム級タイトルマッチ。長谷川穂積vs ウィラポンである。この試合、ややもすれば戦前から勝てるはずがない、という空気が流れていた。ウィラポンは14度の防衛を誇る絶対王者である。辰吉を2回、西岡を4回も撃破し、日本人の前に高い壁となって立ちはだかる。デスマスクの異名を持ち、どんなに苦しくても表情1つ変えずに向かってくる。ウィラポンを超えることなど本当にできるのか?一方で長谷川穂積は無名の新人だった。関西では名を上げていたものの、世界ランクに名を連ねたばかりで、世界に向けて一歩ずつ歩みを重ねてきた。

絶対王者と無名の新人。日本での開催で、長谷川にとってはホームで戦える状況である。ただ、挑戦する勇気と希望は買うけれど、正直なところ勝てるはずがない。多くの人がそんな風に思っていたと思う。もしかしたら、長谷川本人とてそう感じていたかもしれない。

しかし試合が始まると、少しずつその様子が変わる。長谷川のアウトボクシングにウィラポンがついていけない。ウィラポンが1発当てると、長谷川は2発返す。決してひるむことなく、果敢に相手を攻めていく。「もしかしてこれは・・・」会場の空気が少しずつ変わっていくのが分かる。あの絶対的王者を、長谷川が華麗なアウトボクシングで翻弄している。試合は終止長谷川が優位に進めていくことになる。

中盤になると、戦前の予想のことなど誰もが忘れていた。あの絶対王者に勝てるかもしれない、という期待に変わっていた。観客の応援にも熱が入る。会場が一体となって、長谷川のことを応援した。辰吉を完膚なきに叩きのめした、あのウィラポンが苦痛に顔をゆがめている。だが、ウィラポンがそのまま黙って引き下がるはずはない。ウィラポンの脅威の粘りには定評があった。これまでにいくつもの試合をひっくり返してきた。後半になるにつれて、王者は少しずつ盛り返してくる。ジワリジワリと前に出てくる王者を、長谷川は必死にはねのけていく。チャンピオンはジリジリと差を詰めていく。長谷川は最後の力を振り絞って、前に出る。ゴングが鳴り、12ラウンドフルに戦い抜いた。

試合は判定にもつれ込んだ。勝ったのは果たしてどちらなのか?

勝利の女神は長谷川に微笑んだ。絶対王者の牙城が崩れ、新たな新チャンピオンが誕生した瞬間だった。14度にも及ぶ防衛を果たし、勝つことなんて不可能だと言われたウィラポンの長期政権が終わった。あの瞬間、わたしたちは時代の変わり目を目撃したのだ。

新たな新チャンピオンの誕生に、観客は大いに沸いた。その後、長谷川穂積は日本ボクシング界を担うエースとして、活躍し、スターとしての階段を駆け上がっていくことになる。

およそ1年の月日が経ち、長谷川はウィラポンと2度目の対戦に臨んだ。長谷川はずっと感じていた。1度目の対戦、ウィラポンは舐めてかかっていたに違いない。だが、次は同じようにはいかない。何がなんでもベルトを奪いにくる。長谷川の気が緩むことはなかった。

試合は9回に突然大きく動く。開始わずか10秒で、長谷川の右フックが決まり、ウィラポンがダウン。ウィラポンは何とか立ち上がろうとするものの、尻もちをついて、立ち上がることができない。ダメージが大きいと判断したレフェリーが試合をストップした。鮮やかなKO決着で、ウィラポンを再び返り討ちにした。長谷川はウィラポンに2度の完勝を果たしたのだ。

長谷川穂積の試合はどれも素晴らしいものが多い。数ある名勝負がある中で、1番の試合はどれか?と聞かれると、答えるのは非常に難しい。わたしは、初めて世界を獲ったウィラポンとの試合になると思う。新たな時代の幕開けを感じさせる、素晴らしい試合だと思うのだ。

長谷川とウィラポンは引退後、あることをきっかけに再会を果たすことになる。テレビ番組「アナザースカイ」の企画により、長谷川がウィラポンのタイの家を訪れたのだ。かつて死闘を繰り広げた間柄で、のちに再会を果たして話ができるのは、非常に素晴らしいことだと思う。両者とも人間的にとても魅力的で、観ている方が嬉しくなってくる。「アナザースカイ」の中でも、特に素晴らしい企画だった。

WBCのベルトは長期政権のイメージがある。ウィラポンは14度防衛し、長谷川穂積は10度の防衛、山中慎介は12度の防衛を果たしている。WBCバンタム級のベルトは、日本人にとって非常に馴染み深いものなのだ。

ボクシングの名勝負は数多くあって1つだけ選ぶことは非常に難しい。ただ、時代の変わり目を目撃したという意味において、長谷川穂積vsウィラポンの第一戦は非常に印象深い試合なのだ。

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