向き合い方

【英語学習】英語が苦手だったわたしが、英語について思うこと

昔から英語の勉強が苦手だった。

学生時代の英語の成績は全然振るわなかったし、

発音や綴りはまったく覚えることができなかった。

にも関わらず、大学でなぜか英文学科に行った。

 

周りはみんな、学生時代から英語が大の得意、みたいな人ばかりだった。

ESSサークルに入って、ネイティブ並みにしゃべれるような猛者もいたし、

TOEICで700点後半を記録している者もいた。

わたしは講義をサボってばかりいたので、差は開く一方だった。

英語が全然できない・・・、英語に対するわたしのコンプレックスは、

いまもわたしの中に渦巻いている。

 

社会人になってからは、めっきり英語に接することがなくなった。

中学、高校、大学と10年も学んだのに、結局活用することなくいまに至っている。

ときどき、思い返したように英字新聞を読んでみたりするけれど、

難しくて最後まで読むことができない。

わたしの英語能力は、いまも中途半端な状態のままである。

 

今後、英語が必要になることがあるのだろうか?

自分からきっかけを作らない限り、恐らくないと思う。

海外旅行に行くとか、外国の人たちと接するとか、

何か行動を移さないと、そんな機会はめぐって来ないだろう。

人に言われて何か変わることがあっても、自分からは行動しないと思う。

 

わたしは思うけれど、語学が一番身につくのは、

必要に迫られる環境に身を置くことではないだろうか?

現地で人と接することが、語学向上にもっとも効果的だと思う。

現地に行くまでのあいだの準備として、勉強するのは悪くないけれど、

身につくスピードとしては、まったく違うような気がする。

 

英語はあくまで手段であって、目的ではない。

英語ができることが目標なのではなく、英語を使って何をしたいか、である。

英語の勉強が目的になってしまい、海外に行くことには興味がない、

みたいな人が時々いたりする。

勉強すること自体が目的となってしまったら、本末転倒だと思うのだ。

 

英語の勉強をしている人は、英語自体を目標にしない方が良いと思う。

TOEICの点数や英検といった資格試験も、もちろん大事である。

ただ、それはあくまで数字に過ぎない。

その語学力を使って何をするか、というのが重要なのだ。

 

英語ができなくても、身振り手振りでたいていのことは何とかなる。

使う言語は違っても相手は人なのだから、意志をきちんと伝えれば、

何かしらの返答はある。

とやかく言わずに、まずは飛び込んでみる、というのも方法の1つである。

英語なんてずっと接していれば、そのうちなんとかなるものなのだ。

 

わたしは英語ができるタイプではなかったので、

勉強して身につけるのではなく、ラクをして身につける

方法ばかり考えてしまう。

お行儀の良い学校の勉強が、かったるいと感じてしまったりする。

でもそちらの方が、意外と正しい方法のような気もするのだ。

 

英語は手段であって目的ではない。

英語を使って何をするかがいちばん大切なのだ。

英語を勉強する人は、このジレンマに陥らないように注意する必要がある。

英語を勉強する以外に、何か別の目的を持っていた方が良いように思うのだ。

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